立花綾香【黒い戦闘服の黒い目は隠してるものを見逃さない】

立花綾香:カラフルに輝く黒い魔法の鏡を覗いてごらん

息を吸う。
これから吐き出すために。

立花綾香のライブは彼女のそんな儀式から始まる。
小さくて、二次元ぽいルックスはまるで可愛いお人形のように思える。その鋭い目線に触れるまでは。

息を吸い、止める。
世界を自分のものにするために。
彼女の舞台が始まると、ステージは多面体の水晶に映る映画のよう。一曲ごとに景色が変わり、主人公は感情をさらけ出す。さらけ出せずにもがく。泣き、笑う。

激しさと
優しさと
こっけいさと

一つ所にとどまらない感情は、ぶつかり、すり減り、整理され、本来の形を無くしていく。
それが生きていくための安全策。
立花綾香もそれは知ってる。頭では理解できてる。

立ち向かえば、世界は敵だ。
飲み込まれれば、世界は温水プールだ。
でもどうして、「どちらか」しかないのだろう。
どうして、うまくやっていけないのだろう。

1-01

 

立花綾香:もがく彼女を見ているようで、もがく自分に気がつく観客。

叫び、消え入る声で囁き、髪を振り乱して歌う。
まるで人身御供のように。
自らを捧げ、火あぶりにし、「前へ進め」と歌う。その姿を観客は目に焼き付ける。

誰もが面と向かいたくないと隠してる「怒り」や「不安」。
感じたくないととりつくろう「妬み」や「悲しみ」。
コントロールできない感情を、破裂音のようなピアノに乗せて提示する。
つい、寄り添ってしまう優しいピアノで提示する。

でも、それで終わりじゃない。

 

「あなたの中の、あなたはどうする?」

 

その問いを繰り返す。
僕らが問いに答えないのは「答えがない」からじゃなくて、「答えを出すのが怖い」からだ。
立花綾香はしかし、問い続ける。

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立花綾香:東京シティは水槽と歌う新譜「アクアリウム」

これはライブレポなので音源などについては別の機会にきちんと話したいと思う。

三ヶ月ぶり?になる福岡でのライブ。
前回から今回までの間に、立花綾香は東京でのワンマンを成功させ、新譜をリリースし、チャートのトップを走り続けてる。

新譜「アクアリウム」の中からの3曲の中でも、「東京水槽」の圧倒的な熱量。

新幹線がゆるゆるとジュラルミンシティに滑り込んで行く。見上げるとビルに切り取られた灰色の空。東京に一旗あげよう!と勇んで乗り込んだ約30年前の自分がフラッシュバックした。
心が震えた。

そうだ。
あの街は、誰かに品評され続ける街。
悲壮感と無力感で押しつぶされてしまう街。
希望の光が手に届きそうなところで光る。
もしかしたらそれはネオンの照り返しかもしれないのに。
身体中の傷跡や新しい傷口をすり合わせながら遡上する魚たち。
そんな時代が僕にもあった。

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ジュラルミンシティに夕日が沈むシーンの後、
天使のようなピアノが響く。
戦い続ける人たちを讃え、漂うだけの人たちを見守り、足りない酸素に悶えながら生きる人たちを美しく描くピアノ。
この曲のハイライトは間奏のピアノ・オーケストレーションだ。
歌と歌をつなぐこれ以上ない美しいメロディ。

残念ながら、CDに収められたものはライブの震えるような感覚を捉えきれてない。
なので、彼女には全国を回って、この歌を届けて欲しい。

かつて東京に挑み、はじき返された人のために。
それでも、その情熱を消しきれてない人たちのために。
荒木経惟の切り取った「愛」の写真と対となるこのCDを持って。

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立花綾香:ネオンだけじゃない。シャンデリアだって、ある。

彼女のライブはほぼ5曲程度。
一曲一曲がドラマチックに展開するので、観客は意識を持っていかれる。
でも、叫び続けるだけじゃないんだ。

彼女の黒い服は、多種多様な色を混ぜ合わせて作った「黒い戦闘服」だけど、彼女を美しく飾る「ドレス」でもある。歌の力を増幅させる美しさと華やかさを持つ。
黒いドレスは真っ赤に燃えるように見えることも、水槽を漂う青いドレープに見えることもある。
全ての色を捨て去った「喪服」に見える瞬間もある。

もしかしたら立花綾香はひとステージ終えるごとに死んで、また、生まれるのかもしれないな。

そうか。

だから彼女の目はキラキラと輝き続け、初めて見る世界の様々を歌わざるをえないのか。

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ゆり【音楽を形成する知識量と、それをアレンジする能力】

ゆり:曲ごとに変わる声と、世界

ピアノの弾き語りというスタイルは、リフやベース音と、コードの組み合わせで伴奏を形成して、そこに歌が乗ってくる。

基本的に「歌を伴奏する」ものだけど、ゆりの演奏は少し違った。

曲のバラエティ感もなかなか立ってるのだけど、その曲のためのアレンジ力が光る。

ゆりはソングライティングを「自己表現の一つ」としか思っていないのかもしれない。いい意味で。
ライブで歌を届けるためには

  1. 歌を作り
  2. アレンジし
  3. 歌う

という作業が必要になってくるんだけど、彼女のステージを見た限りでは、三人の彼女がそれぞれ分業で歌を作ってるような気がした。

一つ一つの歌の物語にあったアレンジ。
ハードなもの、軽快なもの。
それはその物語にあったサウンドトラック。

ゆり:自分らしさの追求というよりも、その曲らしさの追求。

「ステージごとに印象が違うとわいれる」とMCで言っていたけれど、その日のメニューによって「ゆり」というアーティスト自体も色を変えるのではないだろうか?

この日は正統派ドライヴィングミュージックからハードなロック調の曲まで、バラエティ感満載だったけど、彼女の引き出しはまだまだたくさんあるんだろう。

歌に関しても様々な声を聞かせてくれた。
低音を響かせる迫力から、力抜けた軽いコーラス、高音のかすれた声の良さ。

それぞれ、別のプロデューサーがついてるような。
歌が、己を反映するのじゃなくて、作品のための演技、演出のような気がする。

とてもクールだ。

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ゆり:ブルージーな7thで光るおしゃれ感と大人感

現実、という歌だったか。
ポップさを抑えてブルージーに歌われる。おいしいコード進行に乗って、自信たっぷりに。
リズムがシャープでかっこいい。
日本人が大好きなクリシェをグッドな位置に置き、さらに半音上げの気持ち良さも。

証明という曲も光ってた。

でも一番「おお!」と思ったのはラストの曲。
ピアノの抑え気味なリフから始まり、ドラマチックに展開してゆく。
映画を見てるような気持ちになる。
行進してゆく一団が見えるようなアレンジ。
ボレロでもあり、アニソンでもある。

彼女は音楽をよく知っている。
もしかしたら自分自身の感情よりももっと。

いろんな音楽を飲み込んで、その部品を適材適所に配置して作られる彼女の曲。
ドラムやベースがいるかのようなアレンジで、さらに広がってゆく歌世界。

自己主張が歌を引っ張る人が多い中、ゆりは「音楽が自分をほりおこす」タイプの人のような気がする。

さて、今日はどんなレシピで、どんなディナーを作るかな?
そんな気持ちでステージを作っていてる印象。

音楽マニアにはたまんないかも!

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鈴音【現在音楽活動休止中の中学生シンガーソングライター】~ライブレポ番外編~

鈴音:キャバーンビートで出会った初めてのライバル

バンド「マーヤとストーカーズ」でキャバーンビートにデビューした僕。
バンドと平行してソロでも活動したいと思っていたので、オープンマイク的なイベント「投げ銭」にエントリーした。そこで出会ったのが鈴音(13歳)だった。

はじめて見たときの衝撃は忘れられない。小学校を卒業したばかりで、今月から中学生です~とMCで。

歌はのびやかで、「すごいねえ。ちゃんと習ってるんだろうなあ」と思った。

まっすぐな視線とどうどうとした歌。
すごいなあ。心に来るなあ。歌うことが好きなんだろうなあ。

 

でも本当の驚きはそのあとだった。
オリジナル曲「トゲトゲトゲ」を聴いたとき、いすから転げ落ちるかと思った。

 

生まれる前から神様に棘をつけられた。
私に棘があるから、あなたに愛してもらえない
ならば私は棘を切り落とし、血を流すわ。

 

歌詞は彼女独特の「痛み」に満ちたもので。」鋭いんだけど、曲が素晴らしかった。
物語を語るための、メロディーがそこにあった。

 

鈴音:コード進行の罠から逃れたうた。

僕も含めて多くのシンガーソングライターが「コード進行のきもちよさ」に負けてしまう。
以前誰かが作ったルールにのっとって、語り始めてしまう。

それが「どこかできいたような曲」になる原因。もちろん悪いことじゃない。歌は作った人のものだから。丸パクリだったとしても、一度その人のフィルタがかかればいい。

でも鈴音の「トゲトゲトゲ」は違った。
調をくるくると変え、物語のシーンを変える。サビだけをとってつけたようなJPOPがわんさかとあるなか、しいていうなら「ウタダヒカル」のような、コード進行という魔力の影響を受けずに作り上げた傑作。

棘を生やした主人公が、自分で棘を切り落とし、血で真っ赤に染まったまま地平緯線へ向かってあるきだす光景が見えた。

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鈴音:彼女と一緒に音楽をつくり、遊んだ。創作のすばらしさを学んだ。

中学生独特のというのが適当ではないかもしれない「独創的な歌詞」のアイデアをちょっと覗き見してみよう。そして不思議なメロディーの作り方を体験したい・・・。
そう思った僕は

歌交換

という遊びを思いついた。

二人で「夏」をテーマに歌詞を作る
(僕は「サマープリンセス」、鈴音は「セミ」という詩を書いた)

その歌詞に、ふたりで別々の曲をつけてみる。

サマープリンセス(作詞・作曲:サニー)
サマープリンセス(作詞:サニー 作曲:鈴音)
せみ(作詞・作曲:鈴音)
せみ(作詞:鈴音 作曲:サニー)

という4曲が生まれた。
その作業はとてもエキサイティングで。
ものを作る喜びに満ちていた。

出来上がった曲は、案外相手が作詞して、自分で作曲したもののほうが、その人らしい仕上がりになるという面白い結果になった。

 

鈴音はその後も快進撃を続け、ライブの数も月に4本、5本と増えていく。
彼女の歌を聴きたい人も増えていく。
呼ばれるイベントも増えていく。

そんなある日。

 

鈴音:彼女はある日突然、歌をやめてしまった。

僕自身はいまだに「鈴音ロス」(笑)
彼女の「トゲトゲトゲ」を自分でもカバーすることがある。
本当にいい歌だからもったいない。POPSは永遠だから、僕が引き継ぐ。

 

彼女についてのいろんな思いは僕のブログにもつづってる。
鈴音を知ってる人も、知らない人も。
読んでみてください。

そして、いまはyoutubeを見るしかできないけど、彼女の歌を聴いて、見てください。

 

 

今しかできない中学生生活や、勉強、家族での時間。
僕らの拍手や歓声がそんなものを圧迫してしていたのかもしれない。

もし、しばらくお休みした後、また音楽が芽生えてきたら
そのときはまた一緒に何かをしたい。

そのためには僕は長生きせんといかんね。

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松谷さやか【異国感あふれる祈りのうた】

松谷さやか:あちこちで名前とフライヤーを見てた。

若手のシンガーソングライターのなかでも、よく見かける名前と顔。キャバーンの町田さんからの強力プッシュもあり楽しみにしていた。

一曲目はキーボードの弾き語り。
これがすばらしい迫力だった。
簡単な伴奏だからこそ浮かび上がる光景。現実世界の海や山、ビルディングではなくて、光の輪のような。浮遊感と重さが同時にあって、「おおお」となった。

大きな石の扉を開けるような歌声。切りつけるのでも、こじ開けるのでもなく、重い石の扉自体に「開いて」と言い聞かせるような。
暗いステージのすみっこにおかれたキーボードのバックから光が差し込んでくるような。
それはだんだん強く、おおきく。

松谷さやかはゴスペルグループなどでも活躍しているらしい。
そんなことは全然知らなくても、根底にあるものが「祈り」だということがすぐに感じられた。フェイクのないまっすぐな歌も。

これからも弾き語りを見てみたい。音の全ての責任をもって立つ松谷さやかを見たい。

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松谷さやか:女の子たちは自分の見せ方、見られ方を知っている

松谷さやかは美しい。西洋の石膏像のような美しさがある。先に自分の武器に気がついたのか、歌い始めてから気づいたのかはわからないけど、ステージ衣装・表情・しぐさなどキチンとしたプレゼンテーションがある。

ステージで自分を美しく見せる。もしくはかわいく見せるってのはとても大事。それだけじゃダメだけど。

それがあざとく見えるかもという不安をもつかもしれないけど、実際かなり難しいけど。
見た目のイメージはとても大事。
Tシャツとデニムが似合う人もいれば、ノースリーブで美しい腕を見せたほうがいい人もいる。

この日トリで登場した「えとぴりか」のようにいつもアンティークで素晴らしい衣装で、自分の表現世界とのギャップをプレゼンするのもいい。現れただけでも半分満足できるようなプレゼン。

お客さんは歌だけをきいているのではない。その人の動きを、衣装を、しぐさをみてる。
松谷さやかのプレゼンは美しかった。

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松谷さやか:闇の存在を認めてるから、光を信じてうたう。

彼女は歌のひとつひとつにちょっとした解説をする。良い予告編のように曲の理解度があがる。これもステージングで重要なことのひとつ。

観客は彼女が開ける扉の向こうの世界をそれぞれに想像し、はいってくる。
だから曲が、物語がしみてくる。

やさしい世界を歌う松谷さやかは、この世の暗さを知っているし、深い悲しみがあるからこそ祈りをやめない。それで何かが変わるとか、歌が世界を救うとはおもっていないかもしれない。でも彼女は「この重い扉を開けたい」と切に願う。歌は自分自身のためにあり、同時に誰かのためでもある。

 

松谷さやか:ステージングのうまさ、誠実さ。自分を媒体として使う覚悟がある。

低音から中音域までのセクシーさと、高音域でのすこし揺らぐピッチ。それは松谷さやかの魅力だ。洋楽のカバーで心から楽しんで歌う彼女と、メッセージを伝えるために自分を媒体として使う彼女。みんなの「たのしみ」であろうとして、喋る彼女。

短い時間だったけど、彼女の意識の出し入れと、緊張と緩和のタイミングは素晴らしかった。ステージングに悩む人へのひとつの答えだった。おなじステージに立つ人間として(いやいや美しくない51歳のおじちゃんだけどね笑)とても勉強になった。

演奏された曲すべてが違う意味を持ち、目的をもっていた。
音楽家のみなさん。音楽に自分をささげていますか?

力強い彼女のメッセージ。

 

歌はわたしのもの。わたしは、歌のもの。

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井上紗矢香【軽く、明るい歌と見せかけて勝負曲は力強い】

井上紗矢香:ドーナツが好きだったり、ドライブが好きだったり

ピアノの愛華さんとのユニットはまだ名前がないらしい。
でもふたりはとても仲良しな感じがする。
パジャマパーティーのようなのんびりとした空気のステージ上。

ちいさな歌うたい井上紗矢香は、愛玩動物のようにみえるけど視線はかなりピシッとしてる。いい度胸をしてる。
ピアノの愛華はそんな彼女を見てるのが楽しくてたまらないようだ。
二人には信頼感(この言葉、ちょっと違うな)があって、歌と楽器で会話してるよう。
それも「今日、なにたべる?」とか「丸井のあの店いった?」みたいな(笑)

歌を、演奏をおろそかにしてるって意味じゃないよ。そのくらい「歌う・弾く」ってことが日常にようだった。まるでお家にお呼ばれしたような。

ドライブにでかけようよーつまんないこと忘れちゃってさー
なんていう楽しい曲が、井上紗矢香の持ち味なのかな?なんて感じながら、キャバーンビート名物のベジバーガーを食べていた。

ところが・・・

 

井上紗矢香:勝負曲(だと勝手に思う)は、強いメッセージを届ける

終盤に歌われた「シンデレラ」の曲。
いまはまだボロボロのシンデレラ・・・

ちょっと聴くと

「笑顔を絶やさず生きていこうよ。そうすればきっと王子様がやってくるよ」

っていう応援ソングのようだ。どちらかというと「待ってる女の子」の歌に聞こえた。

でも、真意は違った。

「笑って待ってるだけじゃダメだよ。自分から扉を開き、外に出て、成功の果実・幸福の果実を取りにいかなきゃ!」

歌の後半、はじけるような光を放つ。強い渇望。

現実にあがいて、憧れるものとの距離を感じていらだつ。毎日笑ってれば白馬の王子がやってくるなんてことは夢にすぎない。走り出して、走り続けた人にしか「幸福」はこない。
だから私は、自分でやる。私は待たない、取りに行く。

 

明るく楽しいステージのなかで、彼女たちのホンネが現れた瞬間だった。
戦う女の子の決意表明だった。

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井上紗矢香:もっと壊れて、裸になって。ほんとうに伝えたい事のために。

元々はバンドで活動していたらしい。バンドは音量もあり、個人で戦う競技とはちがう楽しみも苦しみもある。表現者としては「ラク」な部分もある。

この名前のないユニットはたったふたりだ。ふたりで走らなきゃだめだ。井上紗矢香の歌はまだ自分自身の熱や闇や輝きを表現し切れていない気がする。
生まれたばかりのユニットだからかもだけど、もう少し歌メロのフェイクを少なく、ストレートな歌い方にしたほうがいいなと思う部分があった。

誰かの真似じゃなく、歌いたいこと、伝えたいことを伝えきるのに「必要か、必要でないか」をふたりで考えるといいと思う。

新鮮さはいつか消える。誰かの影響からもいつか解かれる。
その時に、心の中にある本当に歌いたいことを、100%爆発させるために。

たのしく、きびしく進んで行くチカラを、二人は持っている。

そう感じた。

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あかたろ【コミカルでダーク、悲劇と喜劇がまざりあってチャーミング】

あかたろ:黒くて清らかなピアノ歌謡

とても悲しいとき。
たとえば誰かのお葬式。しんとした空気の中でポクポクと叩かれる木魚。ふとその木魚が「いて!いてーよ」なんて話し始めたら?

真面目に怒ってる教師。でもなんだかその姿がお笑い芸人の誰かに似てる・・。
思わぬところでつぼに入って、もうその可笑しさにすべてをもってかれる瞬間。

あかたろの歌を聴いてると、そういう「悲しいんだか可笑しいんだかわかならくなる」瞬間のことを思い浮かべる。

 

あかたろ:思い悩むことの必要性も知ってるけど、ね。

生きるっていう行為は外敵と

  • 戦う
  • 避ける
  • 仲良くやって行く

のどれかを選び続けることだと思う。うまくやろうと思っても傷つくこともあるだろうし、まんざらでもない幸せな時間を過ごすことも。

あかたろは観察する。空に流れる雲を見て、交差点で行き来する人を見て。それを「オモシロ可笑しい」切り口でさっと切って、皿に乗せて見せてくれる。

 

上司の長い長い話についての歌はもう最高だ。
この目線での歌は、世界中に溢れてるかもしれないが、あかたろの体を通して生まれる歌の楽しいこと!
「歌の裏お姉さん」としても充分やってけるはず。

素直に生きとし生けるものを賛美しても、なんとなくその場で体操したくなるアレンジ。ダンスじゃなんだ。体操だ。ミンミンゼミが鳴く校庭での。

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あかたろ:生きていこうよ。案外おもしろいことあるよ

死ぬな!生きろ!ジブリ映画のように強く。それができる人もいれば、イチイチ後ろ向きに考える人たちもいる。(僕はあきらかにそっちだけど笑)

生きていることの良さ・尊大さを声高に宣言されても心にとどかない場合もあるよね。

あかたろは「まあ、その話はおいといてさ、そうそう、かどの駐車場に黒猫がいてさ、へんな顔なんだよ。見にいく?」といってそうな(まあ、あきらかに想像だけど笑)

日常の面白いことや、暗くてもプッと笑えることに気づかせてくれる。あかたろの歌にはそれがある。

彼女のキャラクターに負うところも多いんだろうけど、そこが数多いる女性ピアノ弾き語りのなかでもキラリと輝くところじゃないだろうか?
ピアノの音選びも「まんが日本昔話」的なものを感じるし、名前もそうだよね。

 

あかたろ:22歳。これからなにを吸収して、捨てるのか楽しみ

一年位前に彼女のライブを見たときはまだまだ「歌ってやる!」って気持ちが強かったように感じたけど、いまは自分の使い方、イメージの使い方をよくコントロールしてる。
作品の、表現の質がぐんと上がっていて、びっくりだ。

20代最初の若い女の子たちの勢いはきっと同世代のアーティストたちとの切磋琢磨があるからだろう。
人のライブを見て刺激を受けて、自分と比較する。自分の個性を考えてみる。

あかたろの個性は繊細さを裏に隠した「ずぶとさとやさしさ」だ。

まだまだ磨きどころはたくさんある。
これからどんなキャリアを積むのか楽しみ。
新しく手にするものも、もう捨ててしまうものも。

彼女にはコール&レスポンス&「くすっと笑い」を期待する。

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武下詩菜【風と光と大地のうた】星を頼りに大海原へ

武下詩菜。22歳の彼女が描く風景とは?

前に一度、武下詩菜のライブを見た事がある。するりとタマゴ肌の彼女は眉間にシワを寄せて「キッ」と客席を見る。その姿から「私の歌を!きいてみて!」というエネルギーを感じた。

一年のときを経てみた彼女のライブは豊かさと安心感に満ちたものだった。

ゆったりとキーボードを弾きながら、客席をやわらかくつつんでゆく歌。彼女のリズムは聞くものの心拍数を下げ、心穏やかにさせる。

生の音楽を聴くことのよさを感じた演奏と歌だった。
彼女は歌い、弾く。それにあわせて椅子が軽くきしみ、「ギギッ」と小さな音を立てる。
その瞬間、僕は彼女を船長とする一艘の舟にのったような気になった。

真っ黒い海と空と。無数の星。
舟は軋み、ゆらぎを与える。しずかに進んでゆく。
望遠鏡を手にして、星の位置を確認しながら行き先を決める武下詩菜の歌に沿って、僕らは豊かでおだやかな旅に出た。

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武下詩菜のうたを聞いていると「大丈夫だよ」といわれてる気分になる。

暖かくふくよかな歌声は、フェイクをあまりつかわない。歌の上手な人が陥る「ドリカム病」の悪影響をあまり感じない。歌われるべきメロディを、まっすぐ届ける。
悩み苦しむ人たちに、できたばかりの野菜のような、果物のような「実り」を届けてくれる。
人の手が作り上げる「飾りのない豊かな実り」を。

「大丈夫だよ」と、武下詩菜は直接は言わない。でも絶対に大丈夫だと信じてる。その信念が伝わる。
「だって、陽はあたたかいだろう?」そういって彼女は微笑む。

黄金の小麦畑に立つ彼女が見える。
小さな煙突からたちのぼる湯気。
ぼくたちの帰りを待つようにたつ武下詩菜の姿が見える。

この一年で彼女が得たものに、まだ自分自身は気づいていないかもしれないけど。
彼女は豊かで、おだやかだ。眉間のシワはまだまだあるけど(笑)

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歌声はやわらかくつよく。会場の隅々にまで実りを運ぶ。

「大きな世界の大きな幸せが、小さなあなたの小さな喜びからできている」

武下詩菜の歌を聞いていて思うのはそれだ。
目の前の人に歌いかける。
目の前の人の心を解きほぐす。
そのことが重なって繋がって、いつか大きなやすらぎとなる。
彼女はそのことに絶対の自信を持っているはず。気づいてないかもだけど。

22歳の女性ができること。
その小ささを認めたうえで、それでも1+1が2になることを信じてる。

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泣いてほしいんじゃない。わかってほしいんだ。

武下詩菜のやさしさは、草原に吹く風だったり、朝露の輝きだったりするんだけど、目の前のあなたに「世界はいいもんだよ」と気づいてほしいと願ってる。その願いを歌うとき、彼女は少し、もどかしさを感じるのかもしれない。絶対大丈夫だと信じてる世界と、目の前の出来事とのバランス。世界は良くなると信じてはいても、目の前のあなたが悲しんでるとき、どうすればいいんだろう、と。

そこで彼女のとった策は簡単だ。
笑って、目を見て、伝える。
「君が思うよりもずっと、世界はすてきなんだよ」と。

ピアノを弾く。
歌を歌う。

誰にでもできることかもしれない、ただ、ステージで歌を歌い、弾くとき、彼女の後ろには誰もいない。彼女の前には世界がある。
その重みと喜びを、今日も感じて武下詩菜はうたう。

「大丈夫だよ」と。

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